maxplus 祝 20th ANNIVERSARY — Established in June 2006
一久のショールームで器を手に取る

STORY 1|株式会社一久

いつもの食卓に、「好きな一枚」を

68年、美濃焼と暮らしを見つめてきた一久

岐阜県の東濃地方は、古くから焼き物づくりが盛んな土地です。

多治見市の虎渓公園から街を見渡すと、眼下には市街地が広がり、その向こうには緑豊かな山々が連なります。街のすぐそばに自然があり、四季の移ろいを身近に感じられる場所です。

虎渓公園から望む多治見の街並み。山々に囲まれたこの地域で、美濃焼は約1,400年
虎渓公園から望む多治見の街並み。山々に囲まれたこの地域で、美濃焼は約1,400年にわたり受け継がれてきました。

この土地で、人々の暮らしとともに受け継がれてきたのが「美濃焼」です。

その歴史は、約1,400年前にまでさかのぼるといわれています。

長い年月の中で、人々の暮らしや食文化に寄り添いながら、さまざまな器が生まれてきました。昔ながらの和食器から、今の食卓に似合うモダンな器まで、色も形も表情も実にさまざまです。

私たちが毎日何気なく使っている一枚のお皿は、どんな人たちによってつくられ、どんな思いとともに食卓へ届けられているのでしょうか。

その背景を知るために、美濃焼の産地を訪ねました。

最初に足を運んだのは、陶器商として約68年、美濃焼とともに歩んできた株式会社一久です。

一久が扱う美濃焼。同じ産地でも、色も形も表情もさまざまです。
一久が扱う美濃焼。同じ産地でも、色も形も表情もさまざまです。

お話を伺ったのは、3代目となる代表取締役社長・籠橋竜太さん。

一久が歩んできた68年をたどってみると、そこには美濃焼だけではなく、日本の家庭の食卓が変わってきた姿も見えてきました。

一久が見つめてきた、食卓の変化

一久が創業したのは、昭和30年代。

当時、美濃焼の産地ではメーカーや陶器問屋が増え、たくさんの器が全国へ届けられていました。一久でも、かつては飲食店や旅館などで使われる業務用の器を多く扱っていたそうです。

やがて時代が進むと、結婚祝いや引き出物として、何枚ものお皿や茶碗が入った食器セットが家庭へ届けられるようになります。

同じ柄のお皿を家族分そろえて、食器棚にきれいに並べる。

そんな食卓を覚えている人も多いのではないでしょうか。

けれど、暮らしが変わるにつれて、器との付き合い方も変わってきました。

家族みんなで同じ器を使うのもいいけれど、一人ひとりにお気に入りがあってもいい。

いつも使うお茶碗。子どものお気に入りのお皿。そして、自分が好きな小鉢。

緑の長皿に盛った前菜
染付の大皿に盛った料理
重ねた飯碗

全部が同じ柄でそろっていなくても、それぞれの「好き」が食卓に並ぶ。それも、今の家族らしい食卓の風景です。

一久は68年にわたり、そんな暮らしの変化とともに、美濃焼を届け続けてきました。

器の形や柄が変わっても、その真ん中にあるのは、いつの時代も、大切な人と一緒に食卓を囲む時間なのかもしれません。

「この器で、食べてもらいたい」

一久の倉庫には、形も色も柄も異なる、たくさんの美濃焼が並んでいます。

美濃焼の器で整えた和の献立
同じ食卓でも、器が変われば印象も変わります。
洋食を盛った美濃焼のプレート
洋食にもなじむ、今の暮らしのための器も。

その中で、一枚一枚の器を手に取りながら見ていたのが、maxplusのバイヤー・上地さんです。

美濃焼の器を手に取るmaxplusバイヤーの上地さん。この器にどんな料理を盛り、
美濃焼の器を手に取るmaxplusバイヤーの上地さん。この器にどんな料理を盛り、大切な家族に食べてもらいたいか。毎日の食卓を思い浮かべながら、一枚一枚の器と向き合います。

たくさんの器を見ていると、ふと一枚に目が留まります。

「このお皿、素敵だな」「この器には、あの料理を盛ってみたい」

籠橋社長も、器を見るときに大切にしているのは、とても素直な感覚だと話します。

「自分が見て、いいな、かっこいいな、きれいだなと思うものを選んでいます」
器に盛ったゴーヤーチャンプルー
料理を引き立てるのも、器の役目です。
株式会社一久 3代目代表取締役社長・籠橋竜太さん。
株式会社一久 3代目代表取締役社長・籠橋竜太さん。

器を選ぶことは、毎日の料理を考えることと少し似ているように感じます。

「今日は何を作ろう」

そう考えるとき、自然と頭に浮かぶのは、食べてくれる人の顔です。

子どもが好きなハンバーグ。家族が喜ぶ煮物。みんなで囲むカレー。休日の朝にゆっくり食べるパンと卵。

特別なごちそうではなくても、大切な家族に「おいしい」と食べてもらえたら、それだけで嬉しいものです。

だから器も、

「この青いお皿なら、焼き魚がおいしそう」「この小鉢には、いつもの煮物を盛ってみよう」「この器で、家族に食べてもらいたい」

そんな気持ちで選んでみる。

忙しくて料理に時間をかけられない日もあります。買ってきたお惣菜の日もあれば、昨日の残り物を並べる日だってあります。

それでも、お気に入りの器に盛って食卓へ運ぶだけで、いつもの料理が少し違って見えることがあります。

「できたよ。食べよう」

その声で家族が食卓に集まってくる。

器は料理の主役ではないけれど、大切な人と一緒に食べる時間を、そっと支えてくれる存在なのかもしれません。

今だから出会える、一枚がある

食卓に並ぶさまざまな美濃焼
ひとつとして同じ表情のない、美濃焼の多様さ。

一久で器を見ていると、もうひとつ興味深いことに気づきます。

少し前につくられた器なのに、今見ると新鮮で、驚くほどモダンに感じるものがあるのです。

籠橋社長は、「今ここにあるものも、あと10年ぐらいしたら、よそではなかなか見られないものになるかもしれない」と話します。

その背景には、美濃焼を支えてきた職人たちの存在があります。

細かな手描きや赤絵など、以前ならつくることができたものでも、職人が減ったことで、今では同じものを再現することが難しくなっているものもあるそうです。

今日、何気なく手に取った一枚と、いつまでも同じように出会えるとは限らない。

そう思うと、器との出会いも少し特別に感じられます。

籠橋社長は、こんな言葉を話してくれました。

「全部を陶器にしてください、ということではないんです。でも、暮らしの中に一つでも二つでも、陶器があってほしい」
和の器を並べた食卓
ふだんの食卓にも、しっくりとなじみます。

たくさんそろえる必要はありません。

お気に入りの小皿ひとつでもいい。毎朝使うカップでもいい。家族の好きな料理を盛る鉢でもいい。

心が動いた一枚を選び、その器に料理を盛って、大切な人に食べてもらう。

家族と囲んだ何気ない夕食。忙しかった日の朝ごはん。子どもの誕生日につくった料理。何度も「おいしいね」と言いながら囲んだ食卓。

そんな時間を重ねていくうちに、買ったときにはただの一枚だった器が、いつの間にか家族の思い出が詰まった「うちの器」になっていきます。

約1,400年受け継がれてきた美濃焼と、その中で68年、器と暮らしを見つめてきた一久。

長い歴史と聞くと少し遠いものに感じますが、その続きをつくっているのは、私たちの何気ない毎日の食卓なのかもしれません。

「この器に、あの料理を盛ってみよう」

そして、大切な家族に食べてもらおう。

お気に入りの器に盛れば、いつもの料理も少し違って見えます。
お気に入りの器に盛れば、いつもの料理も少し違って見えます。

そんな気持ちで選んだ一枚から、美濃焼のある暮らしが始まります。

暮らしのとなりに — 01
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